高雄、台湾 2001 台湾の高雄市はコンテナ取扱量が世界で3番目に多い港湾都市である。その港湾のシンボルであるコンテナを使用した国際展が2001年12月8日から開催された。16カ国、36人のアーティストが招待出品。池田一は、最も海岸に近い埠頭で、「Water Happiness Movement 水之幸福大移動」というプロジェクトを展開した。
高雄市長と招待出品アーティストたちとの記念写真が大きく拡大され布にプリントされて、入口のコンテナに飾られている。市を挙げての、賑やかな一大アートフェスティバルである。

2001年12月8日〜2002年1月6日
高雄市新光路底高雄港区19-21埠頭


池田一は、台湾の街頭に溢れるモーターバイクに着目し、その最も庶民的な乗り物で、水を積み込んだコンテナを、「水之幸福」を求める人たちのところに移動していきたいという願いを、プロジェクトとして展開した。
集積した放置バイク25台には、回収場所/日時を記録した貼紙の横に、「このバイクの持ち主が再び運転席に戻ってきて、『水之幸福』を積んだコンテナを運び出すのを手伝うことを待っている」という紙を貼付した。
Kaohsiung 2001
水之幸福大移動
水の運び手の到来を待つ


 台湾の高雄市はコンテナ取扱量が世界で3番目に多い港湾都市である。その港湾のシンボルであるコンテナを使用した国際展が、16カ国、36人のアーティストが招待出品して、2001年12月8日から開催された。
 展覧会の会場は、港に沿って広がるコンテナ置き場といった広い敷地である。そのコンテナ群から離れて、数m横に波が打ち寄せる埠頭で、池田一は、「Water Happiness Movement 水之幸福大移動」というプロジェクトを展開した。
 長さが約12mあるコンテナの中に入ると、7つの「水の家」が配置され、その中にぎっしり積み込まれたボトルには清浄な水が入っている。アジアを流れる約300の河川に送り届けるための、約300個の「水のボトル」である。 
 コンテナの屋根に取り付けられた漏斗に入った雨水は、ホースを通って、コンテナの中の壁面に沿って設置された「水樋」の中に貯まる仕組みになっている。水を常にコンテナに補給しながら移動する仕組みだ。実際、制作作業中は毎日暑い快晴つづきだったのが、オープニングの日には雨が降り、コンテナの屋根の漏斗を伝わって、天からの水がコンテナに積み込まれた。
 問題は、「Water Happiness Movement 水之幸福大移動」の運び手である。池田一は、台湾の街頭に溢れるモーターバイクに着目し、その最も庶民的な乗り物で、水を積み込んだコンテナを、「水之幸福」を求める人たちのところに移動していきたいという願いを展開した。集積した放置バイク25台には、回収場所/日時を記録した貼紙の横に、「このバイクの持ち主が再び運転席に戻ってきて、『水之幸福』を積んだコンテナを運び出すのを手伝うことを待っている」という紙を貼付した。
「実際、引っ張ているのは、水を積み込んだコンテナという即物的な現象ではなく、未来に向けての、アートそのものなんです」。「
アートを移送するプロジェクト」でもあった。-
Inside of Container

コンテナの中には、7つの「水の家」が配置され、その中にぎっしり積み込まれたボトルには清浄な水が入っている。アジアを流れる約300の河川に送り届けるための、約300個の「水のボトル」である。

コンテナの屋根に取り付けられた漏斗に入った雨水は、ホースを通って、コンテナの中の壁面に沿って設置された「水樋」の中に貯まる仕組みになっている。水を常にコンテナに補給しながら移動することになる。


TRANSPORTATION OF ART

アートを移送する

 展覧会の会場は、港に沿って広がるコンテナ置き場といった広い敷地である。リフトが自在に動き回り、コンテナを持ち上げ、移動し、積み上げたりして、会場のレイアウトが毎日のように目まぐるしく変わる。そのコンテナ群の中から、アーティストが使用するコンテナは、2種類で、小さい方は間口が2.35m、高さ2.38m、長さが約6mである。大きい方は、長さが約2倍で、12mある。私は、当初から大きな方を使用するプランを提出していた。
現地に到着した時、「これが池田一のコンテナ」として指し示されたのは、側面にEVERGREENと大書されたコンテナであった。ここから、粘り強い交渉が始まる。 私は、モータ−バイク20数台によってコンテナを海に向かって引っ張ろうというプロジェクトであることを再々主張し、設置場所にこだわる。先に綿密な製作/設置プランを提出したこともあって、コンテナ群から離れて、数m横に波が打ち寄せる格好の場所にすんなりと決定した。この積極的に海とコンテナを結びつけようとする試みが、憂うべき「アートの現象」を浮きぼりにすることになった。
展覧会のオープニングの2、3日前だったか、同行の池田美穂子が準備中の会場を一巡し、私の制作現場に戻ってきた時、「アートスラム」という言葉を使った、私自身も、その後、製作中のコンテナ群を見て回り、特に長さ6mの小さい方のコンテナがかなりギッシリと並ぶ辺りに来ると、その言葉になるほどと合点がいった。ホームレスの人たちの段ボールハウスが密集する場の雰囲気に、まるで似ているのである。問題は、画一的なコンテナを単なる展示ブースととらえ、その中を、コンテナにとって必然的でない作品という名の余剰物で飾り立てようとすることにある。「箱の中に、べったりとマイアート」という現象が、アートスラムを生み出すようだ。中にいると、この種の「アートスラム現象」は見えてこないに違いない。しかし、実をいうと、多くのアート展が、このようなア−トスラム化しているというのが、現実である。
かってアジア・エッジというムーブメントを起こしたが、出来る限り、「アートはアートを超えてこそ、アートである」というエッジな場所にこだわってきた。そこは、常に、アートにおさまりきれない何か、と接触し、相互に干渉し合い、揺れ動く、直中にある。その身体的直観というか、今回も現象から離れたエッジな場所で、プロジェクトを展開した。
そこでは、アートにおさまりきれない何かが、泡立っている。「水之幸福大移動」と随所に記されたコンテナの向かう先に、WATERと白く書かれた舟が連日接岸する。コンテナを引っ張るのは放置バイクなのだが、当たり前のように乗ってきたモーターバイクを横に並べて置く若者がいる。制作作業中は毎日カアッと暑い快晴つづきだったのが、オープニングの日には雨が降り、コンテナの屋根の漏斗を伝わって、天からの水がコンテナに積み込まれる。いくつもの事実が符号し、「水之幸福大移動」からの想像力というか、もうひとつのストーリが広がる。実際、引っ張ているのは、水を積み込んだコンテナという即物的な現象ではなく、アートそのものであることがわかってくる。
台湾の出品作家の王文志さんの奥さんが、1997年に私が台北で発表した「Arcing Ark 水之方舟計画」のことを引き合いに出し、「今回もテーマは、transportationですか」と尋ねてきた。そう、このプロジェクトは、「アートを移送するプロジェクト」なのである。未来に向けて--。

                                      池田一 2002.1.2


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