Water Symposium
Big Fingers Conference

South Seneca Central School
Ovid, N.Y., U.S.A.
5/12 - 22, 2006

ニューヨーク州西部の南セネカ中央学校での
中・高校生とのアートプロジェクト
Note on Big Fingers Conference

Finger Lakesから、学ぶ

ニューヨーク州のオーヴィッドという町にあるSouce Seneca Central Schoolの美術の先生から、メールが届いた。国連が立案したMillenium Goalsとして知られるプログラムの実践校らしい。そして、今年のテーマは「水の保全/枯渇」ということで、インターネットで捜しまわり、あなたの水のアートのウエブ・サイトに出会い、興味をもったという内容である。2005年9月22日のことだった。

それから、美術の先生/ブレアナ・コップとの、お互いの熱意あふれるやりとりが始まった。地図を広げ、ニューヨーク州を西にたどっていくと、オンタリオ湖の南に、細長い湖が11、南北に並ぶ地域に行き当たる。Finger Lakesと呼ばれるところだ。ブレアナからは、早速資料が送られてきて、Finger Lakesをテーマに、インスタレーションが出来ないか、という提案だ。11の湖が隊列を組むように並ぶのは、何故か興味を掻き立てられる。ネイティブ・アメリカンの伝説によれば、神がこの土地を格別に愛し、祝福するために手を下ろした、その神の手の跡だという。おお、Big Fingers ! ブレアナからは、2000年に、バンコクで発表したBig Hands Conferenceのような作品を、学校で展開してほしいという要望が届いている。なら、今回は、Big Fingers Conferenceだなあ、と直感する。地質学では、1万2千年前、氷河期の終わりに、氷河が退却し、大地が削り取られ、それらの地溝に水が貯まって、出来たというのが、通説である。

今回訪れるオーヴィッドは、Finger Lakesの中の、もっとも大きな湖、カユガ湖とセネカ湖の間にある。送られてきた「カユガ湖流域の問題」というパンフレットを読むと、湖の水を保全するために、いかに流域の住民意識が重要であるか、がよくわかる。水質汚染に関して、下水溝や工場パイプなどの特定出来る汚染源よりも、もっと警戒すべきはnonpoint source pollutionというのだ。道路、駐車場、建設現場や耕作地などから流れ出る、汚染源を特定しにくい水のことである。実に細やかな水質汚染に対する対策に、感心する。これらの現地からの情報をたっぷり、脳天に叩き込んで、旅立つことになった。

2006年5月12日、作品のパーツを携帯して、デトロイトに向かった。デトロイトから、もよりのイサカ空港まで、1時間40分で着くのに、デトロイト空港では乗り換えに7時間も待たなければならない。初めての土地、初めて出会う人たち、疲れた表情ではなにも明快に捗らない。と、空港の椅子にもたれて、少し仮眠する。イサカ空港で迎えてくれたのは、私を招聘したSouth Seneca Central Schoolの人ではなく、アイビーリーグで知られるコーネル大学の東アジア研究所のスタッフだった。オーヴィッドに向かう前の2日間、イサカでの滞在で、事のなりゆきが見えてきた。先ず、中学生たちが、学校でのWater Symposiumを開くのに、どのアーティストに来てほしいかと、インターネット上で探索し、遠く海を隔てた日本の「池田一」を選んだこと。その実現のために、コーネル大学の東アジア研究所がスポンサーになったこと。これらの素晴らしい英断を知ると、私を選んだ中学生たちに、早く出会いたいと心が浮き立ってきた。

「アートの現場」と「教育の現場」

宿泊先は、英語の先生であるゲルトロード・シャファーさんのお宅だ。カユガ湖畔に、ポツンと立つ一軒家で、隣の家はどこかいな、と見渡してしまう。そこでの生活は、日本での普段の暮らしぶりとは3時間以上のズレがある。起床は、朝5時半。道理で、窓にはカーテン類は一切ない。タマネギ入りのスクランブル・エッグとパン、コーヒーの朝食を済ませ、シャワーを浴びたら、6時40分には家を出て、7時には学校に到着する。そして、ゲルトロード先生の教室に入って、ゆっくりお茶をいただく。非常に健全な生活ぶりなのだろうか、身体にとっては自然なサイクルなのだろうか、直ぐに適応することが出来た。

さてと、作品の設置を急がねばならない。設置場所は、中学校の建物と併設の高校の間にある、大きな天窓が2つあるアトリウムだ。ここは、学生たちにとっての広場であり、必ず通る通路なのだろう。中学生が通りかかる、「Hi!」の連発。「ドウモ」と愛想のいい子もいる。「well-done!」と言って通る高校生。中には、お盆にお茶をのせて持ってきてくれる、女子高校生。気を使って、お茶に茶漉しをプレゼントしてくれた、顎ヒゲの高校生もいた。日本語を学び始めたと、水という字を書いてみせる高校生もいる。ハッグしてもいいと、聞いてくる女子中学生たち。ひとりひとりが、自分の言葉で、アクションで、語りかけてくる。彼等ののびやかさに、学校教育のあり方を教えられる思いがした。

日本で知ってきた教育の現場と、余りにも違うのは、何故だろう。ゲルトロード先生の教室は、彼女の思うようにデザインされた部屋で、生徒たちは先生のチームメイトといった感じがする。丸く車座に並んだ生徒の机たちから、少し壁側によったところのテーブルが私の席といってもいい。荷物置き場だし、そこで先生たちとランチを食べる。時折、生徒が、お裾分けに預かる。教室に電話がかかってくると、傍にいる生徒が受話器をとる。アットホームな雰囲気なのだが、そこで行われている授業の内容はユニークで、シビアだ。今回のWater Symposiumには、アーティストは私だけだが、詩人やパントマイマーの人も呼ばれていた。ジェインという初老の女性詩人は、ホロコーストの生き残りの主人をもち、彼女自身もホロコーストをテーマとした詩をつくり、朗読する。身長が2メートルはあるだろうアフリカの男性が、ロスト・ボーイとしての生い立ちを語る。ここでは、もっとも先端的な事柄が、中学校の教育現場の中で、当たり前のように機能している。私自身も、作品製作だけではない。美術のクラス、写真のクラスに喚ばれて、話をする。先生が、例えば、水鏡プロジェクトの話なら、こっちのウェブ・サイトの方がいいだろうと言って、その映像を画面に出してくれた。ここでは、私のことを、既に学習している人たちがいる。講堂での全中学生の集会で講演した時には、最後には会場からやんやの喝采と口笛が---、こんな祝福ぶりは、1901年にサンパウロ・ビエンナーレでオープニング・パフォーマンスをやった時に私の声に合わせて観客から大合唱が始まった、その時以来の気がする。

この開放的で個性的な教育現場が、日本の教育のあり方を論ずるテキストになるかどうかは、短期間の滞在では断じえない。ゲルトロード先生の教室でひと休みしている時、電話を受けた彼女が突然泣き崩れた。卒業生が自殺したという連絡だったのだ。さまざまな困難さが錯綜する現実社会--、性急にひもとくご都合主義は持ち合わせないことだ。ただ、ここには、強い信念と良心は、根づいているように思える。別れ際に、ひとりの高校生が挨拶にきた。木の伐採に抗議して、木に身体を縛りつけ、ツリー・ハッガーになった、先生曰く「ヤング・アクティビスト」である。私に出会えたことの感謝を伝えにきたのだ。

イサカでのプロジェクトに向けて

私には、二つの宿題が残された。ひとつは、コーネル大学東アジア研究所との、今後の共同企画の話である。帰国する前の2日間、東アジア研究所のアウトリーチ・ディレクターであるデイビッド・パット氏のお宅に世話になった。山の中の一軒家で、チベット文化の研究者らしく、庭先にはチベットのprayer flagが何枚も吊るされ、風にたなびいている。彼が、私に提案したのは、大学があるイサカには、環境アートに対する関心が高い人が多いので、カユガ湖畔で、水をテーマとした野外インスタレーションが出来ないか、というものだ。早速、カユガ湖に流入する川、運河の調査に出かけることになった。東アジア研究所が、前回招聘したのが北京の京劇の孫悟空というから、今回の提案は随分異なる。どんと重い宿題だが、これはやりがいがある。
もうひとつは、帰国後、50人以上の中学生から、水への思いや出会いへの感謝を綴ったレターが届いたことである。「次は、いつ来るのか?」と書いてあるのも、数少なくない。嬉しい宿題である。

この二つの宿題を、同時に解決するためには、イサカという学園都市の中に渦巻く「環境意識」を掘り当て、カユガ湖畔での、水のアートプロジェクトを実現する他ない。大学の美術館も、協力的だという。ブレアナ先生も、ゲルトロード先生も、実現に向けて努力したいという連絡があった。もともとあったインディアン文化、その中の環境への意識を見直す機会にしてほしい、という要望もある。いま、私が居る日本の、この不安定で渾沌とした現実を透視して、カユガ湖畔を遠望出来るかどうか---。再び、現地調査に向かう日は遠くないような気がする。その時は、デトロイトでの7時間待機は避けて、別のルートで行ってみたいものだ。

コーネル大学東アジア研究所のディビッド・パット氏(右)と
南セネカ中学校のゲルトロード・シャファー先生(左)
細長い形をした、11の湖が、Finger Lakes。真ん中の2つの大きな湖が、カユガ湖(右)とセネカ湖(左)。左上に見えるのが、5大湖のひとつ、オンタリオ湖。
Finger Lakes のひとつ、カユガ湖の南端に位置するイサカには、滝が多い。氷河期の最後の時代、後退する氷河によって、このような起伏の多い地形が造られたという。
コーネル大学から車で5分も走ると、猛烈な水しぶきを立てて流れ落ちる壮観なイサカ滝がある。初めて訪れた時は、山奥ではなく、市街地と余りに近いところにあるので、ダイナミックな自然との共存に驚いた。
カユガ湖の南端に位置する学園都市イサカから、カユガ湖に沿って、北上すると、30分ほどで、オーヴィッドという町に着く。その町に、招聘された南セネカ中央学校がある。
道路に面した学校の入り口に、「人権水シンポジウム」の看板が掲げられていた。

Big Fingers Conferenceは、3つのパートから構成。中学校と高校の間にあるアトリウムに設置、展示した。
Part(1) 天窓「Water from the Heaven」
Part(2) 11本の柱「アジアのこども水主たち」
Part(3) プランター台「80 リットルの水箱」
Part(1) Water from the Heaven
天窓を使ってのインスタレーション
< 天からの水 >
・daytime ・nighttime
アトリウムという空間を明るく際立たせている、大きな2つの天窓。この天窓を使ってのインスタレーションは、今回のアートプロジェクトに、ユニークな広がりをもたらした。
天窓を見上げると、大きな手が4つ、天からの水を待ち受けてるように見える。
この天窓の下を通りかかると、思わず「天からの水を受ける手」を見上げてしまう。
Part(2) Fingers forwarding water towards the future
11の柱を使ってのインスタレーション

<アジアのこども水主たち>との会議
1997年から開始した、未来に水を送る「アジアの水主たち」への参加呼び掛け。現在、250人を超えるアジア各地の人たちが「水主」として、参加を表明し、写真撮影に応じた(カメラマン・児玉龍郎)。その中から、今回は、米国の中・高校生との対話をテーマに、香港、マニラ、沖縄、鹿児島、相模湖などの「こどもの水主」を選んで、展示することにした。

学生たち、学校関係者全ての人にとって、このアトリウムは通路であり、また休憩時間は広場として、親しく使われている空間である。11の柱に貼られた「アジアのこども水主たち」の写真、椅子の上の「手の中のメッセージ」の前に立ち止まって、じっと見入っているアメリカの子供たち。「水の保全」という万国共通のテーマに、子供たちの関心は高い。

5/18開催に開催されたWater Symposiumの会場は、このアトリウムであった。学生たちの家族や近隣の人、イサカからはコーネル大学東アジア研究所の人たちも出席。マンハッタンからのパントマイマー、詩人のジェーンさんに続いて、私が作品の説明を通じて「水のメッセージ」を送った。作品に囲まれた会場なので、私の説明に合わせて、観客が「大きな手の写真をもつ椅子」を持ち上げて示してくれるなど、暖かい雰囲気が漂う場であった。

Part(3) 80 liters Water Box
80リットルの水箱
「80リットルの水箱」は、事前の約束通り、元は造花が飾ってあったプランターの台の上に、永久設置することになった。蛇口と水主の手の写真は日本から持参し、アクリル板、ホースなどは現地調達し、水箱を完成。講堂での全校集会では、「毎日、80リットルの水箱の傍を通りかかった時、今日は無駄に水を使ってないだろうか、と振り返ってほしい」と、目安箱としての重要性を強調した。

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