2008年5月、ニューヨークの国連本部で、地球環境をテーマにしたセミナーと展覧会が開催。
池田一は、世界の7人のアーティストのひとりに選抜された。
ここは、マンハッタン。グランド・セントラル駅から、まっすぐ東に進むと、青いガラス張りのビルが出現する。イースト川を望むように建つ、国連本部のビルです。林立する高層ビルに紛れて、かっての偉容を誇る外観の輝きはやや失せたかもしれないが、中はますます世界各地で噴出する難問題を抱えて、加熱する一方か--。この国連本部のビジターズロビーと会議場で、環境とアートが出会う重要な「未来志向の時間」が刻まれたのです。
国連環境セミナー 5/8
Unlearning Intolerance
5/8、半円形に演壇を取り囲む会議場で開かれた、環境セミナーに、アーティストの熱い発言と提案が続きました。国連環境計画とNatural World Museumが共催し、世界の7つの地域から、環境をテーマに多様な活動を展開する7人のアーティストを選抜し、招待したもの。池田一は、東・東南アジア、オゼアニア地域の代表として選抜されたことになります。国連が最優先課題とする環境問題へのパートナーシップとして、初めてアートが参画した、画期的なステップとなる出来事です。
国連で、環境アートについて語ってくると言うと、決まってすごい!という反応が返ってきます。そう、実際、すごいことなのです。選抜されたアーティストのことではなく、「国連の環境計画の中に、アートを組み入れたこと」が、今後のアクション・プログラムを構築する上で、本当にすごいことなのです。このことに敏感に反応する「寛容さ」を是非持ち合わせてほしい、と痛感しました。今回のセミナーと展覧会のタイトルは、「Unlearning Intolerance 非寛容を学ばないこと」。この重要なアートシーンの出現を認めない非寛容さは、身につけないこととも言えるのですから。
環境問題とアートが、真っ向から出会う時、何がここから生まれるのでしょうか? 私が強調したいのは、国単位や地域、企業といった政治経済優先の大枠の環境問題ではなく、ひとりひとりが取り組むことのできる「身近な地球環境」といった日常的な視点です。環境問題を基本的人権のレベルでとらえるアートの可能性について触れました。そして、具体的に活動している芝川(埼玉県川口市)や花渡川(鹿児島県枕崎市)でのアートプロジェクトを紹介し、「ひとりひとりの足元から、地球環境」をとらえるための、未来への新しいパースペクティブとしての「Water's-Eye」を提案しました。
(左から)アーメッド・ジョグラフ(生物多様性会議実行委員長)
     赤坂清隆(国連事務次長)
     エリザベス・ギルバウ・コックス(国連環境計画北米副代表)
     池田一(アーティスト
環境社会における基本的人権を象徴するものとして、「80リットルの水箱」を提出しました。普通の生活を営むのに必要な一日の水の量、即ち水を通してみた基本的人権を表す目安箱です。セミナーの聴衆からは「自分たちが毎日どれぐらいの水を使っているかを知るために、一家に、ひとつ置いておくべきだ」という反響もありました。高校生からは、「具体的に、どのように取り組めばいいのか?」という質問が出て、時間をかけて、共に取り組もう、と答えて、お互いの連絡先を交換しました。

会議場のあちこちから、ひっきりなしに意見が、質問が飛び交います。全ての席にマイクと同時通訳の装置がセットされているので、広い会場でも車座になって話し合っている近しさがあるのです。ネットワークの重要性が確認された時には、私は「抽象的なネットワーク論はよくない。いま、ここから始まるネットワークについて、各自が提案する必要があるだろう」と発言。いま私が抱えている重大な環境問題として、デリー市内を流れ、ガンジス川に注ぐヤムナ川の水質汚染について触れ、これは世界的なレベルで取り組む問題だと訴えました。まさに、creative partnershipが不可欠なネットワークの呼び掛けです。

7人のアーティストの中には、石油に依存するバーレーンの国づくりへの不安と希望を表現するノル・アル・バスタキ、北極圏に住む人たちの温暖化による影響を問うサブハンカー・バネルジョ(インド)、自らの肉体と動植物を一体化させるセシリア・バラデス(ペルー)、森林問題に立ち向かうフィリッペ・パストール(モナコ)など。環境問題が生活に深刻に迫れば迫るほど、環境をテーマにしたアートは地球規模に広がるのは自然な流れです。換言すれば、環境をキーワードにすれば、既に「アートの南北問題」は逆転し始めてるのではないだろうか--。現代美術のアートマーケットの動向に右往左往している先進国などの現状に対する、環境からの鋭い警告と受け止めるべきでしょう。
  展覧会 5/2-31
国連本部ビジターズロビー
展覧会が開かれているビジターズロビーは、各国から訪れる多くの人で賑わっています。私が展示した作品は、基本的人権を考える単位としての「80リットルの水箱」。その水箱を担ぐ背負い子。それに、土で覆われた長靴。「誰が背負って、未来へ運ぶのか?」と問いかけています。壁面には、Earth Taps 地球の蛇口と題した写真群。地球上の、どの場所も大事な水をキープしている場所であるというメッセージ、「地球のどこでも蛇口」というわけです。床面に並べられた写真群は、芝川で撮影した川の中のヘドロ、沈殿物、汚染物などの、汚れた水の写真です。「清浄な水」と「汚染された水」の両面に挟まれた空間の、「どこに向かうのか?」、訪れる人たちに語りかけます。
いま、「アートの民主化」という言葉が浮かんできます。アートマーケットに群がる一握りの拝金主義者、その格差を増長するアート関係者、そしてその予備軍としてのアーティストたち ! ますます深刻化する地球環境問題に真っ向から取り組むアーティストたちが、地球の隅々で活動しています。近い将来、「地球環境に貢献するアート」が豊かに育つことを願ってやみません

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