花渡川アートプロジェクト Moving Water Days 2008
五輪の浮島が漂着する日
Five Floating Isles

鹿児島県枕崎市花渡川河口松之尾橋付近
2008 10/3(金)〜10/5(日)
主催:特定非営利活動法人エコ・リンク・アソシエーション
後援:枕崎市・枕崎市教育委員会
協力:枕崎建設業組合・鹿児島県立鹿児島水産高等学校
地球温暖化、海面上昇。
陸地が消え、島が沈む。
九州の島の南端から、
東シナ海を眺望して、
『五輪の浮島を育む
島は、環境変化をもっとも敏感にとらえる地球の基地である。島を通じて、「環境を考え、創り、育てる」

Note by Ichi Ikeda

枕崎のクリエイティブ・パートナーシップ

 海にトゲが刺したように突っ立つ、立神岩。その先は、どこまで延びているのか、水平線。東シナ海が、そこにある。海水が、花渡川の、くびれた河口に流れ込んでくる満潮時を狙って、五輪の浮島はひとつの輪を形づくった。河口にもっとも近い松之尾橋から見ると、水の集落を載せた五大陸のサークルは、その制作に関わってきた人たちの、地球への静かな願いの現われに思える。

 その日の夜、五輪の浮島から更に海に向かった外港で、ジンギスカン鍋などのバーベキュー・パーティが開かれた。主催のエコ・リンク・アソシエーションの下津さんが、竹の伐採から制作、川中での浮島の操縦まで奮闘してくれた鹿児島水産高校の生徒たちをねぎらおうと企画したものだ。それに、先頭を切って、彼等をリードしてきた、頼もしい大人たちが加わった。総勢30余名か、底抜けの明快さに、7年前に「鹿児島から平成維新を」と盛り上がったことを思い起こした。

 今夜も、アートの話が出る幕はない。五輪の浮島の話で、持ち切りだ。実際、私自身、アートは何か、などと語った記憶は一度もない。「どの場所でも、そこからしか発信しえない世界的なものがある。それを覗き見、開示して、具体的に世界に届けるのが、私の役割だ」。だから、池田一自身が、彼等にとって、アートなのである。これほど等身大でわかりやすく、そして共に見てみたくなるアートはない。多分、この確信は間違いないだろう。枕崎でのアートプロジェクトは、3年目になるが、私のプランに対して「これは無理だ、難しい」などといった発言に接したことはない。ここには、プランを大きく育てあげる豊かな土壌がある。

 東京にいると、愚痴なのか、「現代アートが、他の職業の人と協働するなんて、到底考えられない」という話をよく耳にする。ひそかに、私は現代アートは大嫌いで、未来のアートをやっている、と呟く。ここ枕崎に、なにはともあれ出向いてほしい。
主催の下津さん、カメラマンの児玉さん、建築家の源川さんとは、10年来のコラボレーターだ。制作の陣頭指揮をとった巳代治さんは、ベテランの農業従事者。大陸を造る作業をリードした東さんは、鹿児島の花屋さんの社長。制作スタッフの中心のひとり折口さんは、浄水関係の会社に勤務。新たに参加した能勢さんは、農薬の専門家である。モールス信号を教える竹中先生は、水産高校の協力を得る橋渡し役であった。弟のヒデオさんは、もと消防署員だったらしい。川の中の作業はまかせおけと頼もしい、冒険家の素晴くんは塩づくりに励む。その弟子と呼ぶ大五郎くんは、川の中で大奮闘してくれたが、静岡からやってきた。水産高校の二宮先生、上野先生は、自ら川に入り、生徒を引っ張る。まだまだ、いろんな肩書きの人が加わった。上空からの撮影のために、セスナ機を飛ばしてきれた坂口さん。機上から撮影に挑戦した、カメラマンの二宮さん。それに、名前を挙げられなかった人からも、パートナーシップの重要さを共有した。

 「鹿児島から平成維新を」という気張ったキャッチフレーズは、もういいだろう。五大陸を動かすプロジェクトを、当たり前のようにやったのだから。そして、来年は、国際環境アートシンポジウムを開催したい、と下津さんは計画している。「来年は、何が動くか?」、池田一というアートは既に水平線の彼方を見やっている。
浮島の制作
竹切り→ 筏の組み立て→ 大陸づくり→ 水の集落形成
1)作業は、約400本の竹切りから   開始。
2)切出した竹は、水産高校の校庭に運び、浮島の土台となる円筏のパーツを制作。
3)円筏のパーツを、花渡川沿いの広場に運び、組み立てる。
4)浮島をクレーンで持ち上げ、無事川面に下ろすための、補強を念入りに行う。
台風15号が、直撃するとの予報。雨の中でも、作業がつづく。
5)合板を組み合わせて、円筏の上に五大陸の基盤を造る。
6)五大陸の基盤の上に、杉の葉を敷き詰め、固定する。その上に、砂漠を表すために、もみがらを敷き。固定する。
7)高床式の水の家を載せ、樋で連結し、「水の集落」を形成する。
1st Day
10/3
浮島が川面に浮かぶ日
午前8時、完成した「五輪の浮島」が置かれた武道館前の広場に集合。いよいよ川面に浮島を下ろす時がきた。
11トン用の大形クレーン車が、待機する。枕崎建設業組合の協力によるものだ。4点で支えて、解体することなく持ち上がるか、と周りの者は固唾を飲む。1トン強の浮島が、ゆっくりと宙に舞い上がった。拍手喝采!「大陸の裏側だ!」と見上げる人がいる。
五大陸が、陸を離れ、空に舞って、川面に影を落としながら、着水した。すべての浮島が着水した時、トランペットの響きが---。枕崎のシンガソングライター・ちゃんサネによる演奏だ。祝福の着水式といったところか--。

明日は、「五輪の浮島が河口に動く日」である。それまで、座礁したり、潮で流されないように、繋留する必要がある。上げ潮、下げ潮を考慮して、両岸から繋留することにした。


2nd Day 10/4 漂流する浮島が五輪を形づくる日
鹿児島水産高校の先生と生徒たちが、やってきた。昨年の花渡川アートプロジェクト「100メートルの水筏」を体験したものもいるが、大半は今年が初参加だ。しかし、昨年の体験談を聞いていたのであろう、さっさと川に入る身支度をする。一見水はきれいに見えるが、そうではない。少し上流で川底の浚渫工事をやっているせいもあり、水は濁っている。ぷ〜んと臭い臭いがするのは、工場からの廃液によるものだろう。慎重に浮島に乗り移り、竹ざおを使って、浮島を漂流させる。東シナ海を望む河口までの、漂流の旅が始まった。
「北アメリカ、時計回りに15度!」「ユーラシア、右へ1メートル!」--、声だけ聞いていると、天地創造の神の声かと思う内容だ。満潮時の上げ潮で、浮島を思うように操縦出来ない。勢い、橋の上から、右へ、左へと、指示を送ることになる。
橋の上には、次第に人だかりが出来てきた。連日見に来ている初老の女性は、森林と砂漠の位置がわかる大陸を見下ろして、「こんな生きた教材はない。もっと多くの人が見るべきだ」と力説。携帯で、見に来い、と知り合いに電話するものもいる。と、「まもなく、やってくるぞ!」と叫ぶ声。上空からの撮影のために、セスナ機が飛んできたのだ。何度も旋回し、「五輪の浮島」に接近してくるたびに、海と陸と空が一体になったスペクタクルが展開した。

3rd Day
10/5
五輪の浮島がが陸上がりする日
地球の温暖化に伴う海面上昇によって、沈む島が出てくる。島民は、水辺を離れ、陸上がりすることになるのか--。かって水上文明が衰退していった時のように。
五輪の浮島が連結したサークル。そこから、先ずは水の家を陸上がりさせる。水の集落が消失した浮島は、くっきりと大陸の形を浮かび上がらせる。それぞれの大陸の砂漠地帯に、雑木を立てることにした。森林回復への願いが、こめられている。
干潮になった。浮島を陸へと回収する作業が始まった。満潮時から、1m50cmi以上も水面は下がっただろうか。川の中を歩くことが出来る深さだ。浮島から川に降り立って、浮島を押して動かすことになった。潮に逆らって動かすので、五大陸はゆっくりとしか移動しない。

五大陸を動かす。その大陸の上に、ぽつんと突っ立つ5歳の少年。彼は、「地球の未来に生きる」。その少年の目に、五大陸を動かす「いまの地球に生きる」人たちは、どのように映ったのだろうか。
思い出してほしい。水の家の屋根に、「水を掬う手」の写真があったのを。陸上がりした水の家は、それぞれの手の持ち主のところに引き取られていった。「水の里家」プロジェクトが、ここから始まる。水の家で、植物を育て、緑の家に変容していく過程を記録する。水産高校には、15の水の家が里家として引き取られた。そこから育つものに、注目してみたい。

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